多孔性配位高分子(PCP)によるガス貯蔵技術の開発
本研究室では、多孔性配位高分子(PCP)を用いた高効率なガス吸着貯蔵技術の開発に取り組んでいます。PCPはガスを効率良く吸着できる細孔をたくさん有する材料として注目されています。しかし、粉末状であるため密度が低く、密度を高くするため圧縮しようとすると、ガスを吸着する細孔構造が壊れてしまうという課題がありました。そこで私たちは、PCPの細孔構造を維持したまま圧縮し、密度を向上させる新しい技術を開発しました。この技術により、PCPの体積当たりの貯蔵量を大幅に増加させることに成功しました。
なぜガスを効率的に貯蔵・輸送する必要があるのか?
近年、カーボンニュートラルの観点から、二酸化炭素を排出しないガスの利用が推進されており、そのなかでもe-メタンが注目されています。e-メタンは、図1のように発電所等から排出された二酸化炭素と、再生可能エネルギー由来の電気により水を電気分解することで得られた水素を反応させ、メタンを合成する技術のことです。この技術はCO₂を回収し再利用するため、大気中の二酸化炭素が増加しないことや既存のパイプラインを使用して輸送することが出来るため、実用化に向けた取り組みが進められています。しかし、合成に使用する水素と二酸化炭素はボンベや容器に貯蔵し、メタネーション施設に輸送する必要があるため、これらのガスを効率的に貯蔵、輸送する必要があります。

図1 e-メタンのしくみ
しかし、これらのガスを貯蔵したり運んだりするには、いくつかの課題があります。現在、これらのガスは、主に高圧ガスボンベに入れて圧縮して貯蔵・輸送されています。これは、ガスを容器 に強い力で押し込めることで、より多くの量を運べるようにするためです。しかし、この方法には図2に示すような課題があります。
・輸送効率の悪さ:輸送効率をあげるために、高圧で気体を圧縮しているため、圧力に耐えられるように設計された容器で輸送する必要がある。そのため、容器の重量が重く、大きくなってしまうことが課題になっています。
・高圧ガス取締法による制限:日本では「高圧ガス取締法」という法律があり、10気圧以上の高圧ガスを輸送する際には、専門の資格を持つ人が運ばなければなりません。これは、安全を確保するためですが、輸送の効率を悪くする原因にもなっています。

図2 従来のガス貯蔵・輸送の課題
新しい貯蔵・輸送方法の必要性と 吸着材を使用したガス貯蔵技術
そこで注目されているのが、「吸着剤」を使ったガスの貯蔵技術です。吸着剤とは、目に見えないほど小さな穴(細孔)がたくさん開いている材料のことで、図3のようにこの細孔にガス分子を取り込むことで、ガスを効率よく貯蔵できます。身近なものでは、活性炭1)やゼオライト2)などがこの吸着剤の仲間です。これらの材料は、小さなスポンジのようにガスを吸い込むことで、高圧に圧縮しなくても多くのガスを貯めることができます。

図3 圧縮貯蔵と吸着貯蔵の違い
吸着剤の中でも、特に期待されているのが「PCP」と呼ばれる材料です。PCPは「多孔性配位高分子:Porous Coordination Polymer」 の略で、PCPは配位という名前からもわかるように金属と有機配位子の配位結合を利用して、規則正しくつながってできた、非常にたくさんの細孔を持つ素材です。細孔を有する材料として、活性炭1)やゼオライト2)がありますが、PCPはそれらの材料と比べて比表面積が非常に高く、これによりガスを吸着する場所が広くなるため、同じ重さあたりでより多くのガスを吸着することができます。これは、図4のようにPCPの細孔の構造を金属と有機配位子の種類と結合によって自由に設計できるため、細孔がたくさんある構造を組み立てることができます 。

図3 圧縮貯蔵と吸着貯蔵の違い

図5 圧縮によるPCPの細孔の閉塞
そこで、この課題を解決するためにPCPの細孔構造を維持した状態で圧縮する技術を開発しました。この技術により、私たちは以下の成果を上げています。
・比表面積の維持:PCPの粉末が持つ高い比表面積を、圧縮した後もほとんど変えずに維持できるようになりました 。
・充填密度の向上:PCPの粉末を圧縮して密度を高めることに成功しました。
・体積あたりの貯蔵量の増加:充填密度が上がったことで、同じ体積の容器により多くのガスを貯蔵できるようになりました。私たちの方法で圧縮したPCPは、粉末の状態と比べて体積あたりの貯蔵量を大幅に向上しました。
この技術は、PCP本来の高い能力を最大限に引き出し、ガス貯蔵容器の小型化や、より安全で効率的なガスの輸送に大きく貢献すると期待されています。特に、これからの社会で重要になるガスの回収・貯蔵・利用の分野において、私たちの技術は新たな可能性を広げることができると考えています。
私たちは、今後もさらに吸着量の高いPCP材料の開発や、この技術を実用化するため蔵容器の作成などの研究を進めていきます。

図6 本研究の成果と今後の研究
引用番号
1) 活性炭
活性炭とは、石炭やヤシ殻などの炭素質の原料を高温で加熱し、細孔をたくさん持つようにした炭素材料のことです。この多孔質構造により、比表面積が高いもので3000m2/gを超えるため、優れた吸着能力を持ち、水や空気中の不純物、臭いなどを除去するのに用いられています。
2) ゼオライト
ゼオライトは、天然の鉱物、または人工的に作られる材料です。見た目は石のようなものですが、その内部には規則正しく並んだ細孔がたくさんあり、350~900m2/g程度の比表面積を持っており、気体や水を吸着すること、分子をふるい分けることができます。活性炭のように不純物や臭いを取り除くことだけでなく、いろんなガスが混ざっているなかからCO2だけを取り除くことが出来る材料です。
3) アメリカエネルギー省(DOE)の目標値
アメリカエネルギー省(DOE)は、カーボンニュートラル社会の実現に向け、水素とメタンの貯蔵に関して、以下の目標値を設定しています。
1. 水素貯蔵に関するDOEの目標値
水素貯蔵に関するDOEの目標値について、-40℃~60℃の温度域で以下の貯蔵量の達成を目指しています。
・重量あたりの貯蔵容量: 6.5 g/g
・体積基準貯蔵容量: 556 g v/v
2. メタン貯蔵に関するDOEの目標値
メタン貯蔵に関するDOEの目標値について、25℃で以下の貯蔵量の達成を目指しています。
・重量あたりの貯蔵容量: 0.5 g/g
・体積基準貯蔵容量: 266 g v/v
水素の目標値は、極低温(-196℃)であれば目標値を達成できること報告されています。メタンの目標値は、NU-111、NU-1501で目標値を達成できると報告されています。
また、二酸化炭素については回収コストに焦点を当てて目標値を設定しています。
1. 発電所からのCO2回収に関するDOEの目標値
既存の発電所からのCO2回収: 30ドル/トン のCO2回収コスト
新規の発電所からのCO2回収: 20ドル/トン のCO2回収コスト
2. 大気からの直接CO2回収(Direct Air Capture: DAC)に関するDOEの目標値
DACによるCO2除去: 100ドル/トン のCO2除去コスト
二酸化炭素の目標値は、発電所からのCO2回収コストを16ドル/トン、にまで引き下げる可能性があることが報告されています。また、DACによるCO2除去コストは200ドルを超えてしまうことが多く、大量のエネルギーコスト、設備投資費が高いことなど課題が多く挙げられています。